湧網線跡 (大曲一丁目)

―― 喜びと悲しみをひめた鉄道は ――

 網走と中湧別をむすぶ国鉄湧網線は、昭和8年に着工したのですが、戦争のために中断し、全線が開通したのは昭和28年(1953)のことです。全長90キロの沿線には、網走湖、能取湖、サロマ湖、オホーツク海が広がり、住民の足とともに、心のよりどころにもなっていました。それが赤字ローカル線の廃止で、ついに鉄路が消えたのは昭和62年です。

 網走市内に、大曲、二見、二見中央、卯原内(うばらない)、平和、能取、能取中央の7つの駅や乗降場を持ち、毎日利用され親しまれた鉄道は、市民にとって深い愛着がありました。

 湧網線の工事には、網走刑務所の受刑者も出役しました。『昭和8年の夏には数年に一度の暑熱という気候で、この困難な条件の下に、1日12時間作業を敢行した』という刑務所の記録があります。

 また、強制労働も行なわれ「暑い日が続き、毎日毎日25度から30度くらいです。炎天が60日も続き、せっかく盛土したところも風化してしまって少し強い風が吹いてくると元のもくあみです。−−」という証言も残っています。

 土工夫たちの犠牲者も出た湧網線は、今サイクリングロードに生まれ代わりました。サイクリングロードの出発点となる大曲橋の近くの駐輪場に、湧網線跡の標柱を建てました。

 

 

 

湧網線のディーゼル機関車

 

 

昭和28年湧網線全通祝賀式典



歴史散歩 湧網線跡